刊行にあたって
データに基づく迫力の追求を
パートタイム労働者として
非常勤問題を通じたネットワークの拡大
実施の経過と集計の方法

刊行にあたって - データに基づく迫力の追求を
首都圏大学非常勤講師組合 書記長 村山知恵

「大学非常勤講師の実態と声 2001」の続編として「大学非常勤講師の実態と声 2003」が刊行の運びとなりました.前回の冊子は京滋地区大学非常勤講師組合が中心となって調査をまとめたものでしたが,今回は京滋地区,阪神圏,首都圏の大学非常勤講師組合が合同で調査をし,冊子にまとめ,完成しました.

この3つの組合は,京滋地区が1995年7月,首都圏が1996年1月,阪神圏が1999年5月の設立で,設立とともに東京と関西という遠距離でありながら交流した仲の良い組合です.しかもこの3つの組合は,発足当初から,大学非常勤講師の問題は文部科学省にありと,共同で文部科学省交渉をしようと考えていました.それが実現したのが昨年2002年2月でした.その第1回交渉の際,文部科学省が非常勤講師の実態を何も把握していない,というより,完全に無視をしている事実が分かり,出席した者皆怒りの声をあげたものです.というのも,この組合はそれぞれ,首都圏では組合員内部の実態調査,京滋地区ではこの「大学非常勤講師の実態と声」という形で実態調査をし,専業非常勤講師の実態がいかに悲惨であるか,その原因が非常勤講師の制度のずさんさにあることを知っていたからです.

この冊子はその後の文部科学省交渉にも大変役に立ちました.私学助成の基本的仕組み (大学非常勤講師に関わる事項を含む) は何と1982年の規定以来,何の変更もなされぬまま現在に至っていることが,4度目にあたるこの3月の文部科学省交渉でようやく分かったのです.はじめ本務を持つ兼任講師に対する謝礼の意味でできた非常勤講師の賃金制度 (超過勤務手当レベル) が,今,私たち専業非常勤講師の生活を支えるはずの賃金となっていることを,文部科学省が知らないはずがありません.

知っているからこそ,10年前の大綱化を通すとき,専任よりも非常勤講師をふやすよう,文部科学省は大学に指導をしたのです.又知っているからこそ,私立大学は非常勤講師をふやし,経費削減を試みたのです.今や私立大学での非常勤講師のコマ数依存率は大学の全コマ数の40パーセント,ひどい大学では60パーセントになろうとしています.そして知っているからこそ,大学非常勤講師は1年任期の任期制の教師だと分かっていながら,文部科学省も大学も非常勤講師の存在を完全に無視して,あたかも新しいアメリカ式の進んだ任用法だといわんばかりに宣伝し,大学教員の任期制を閣議決定してしまったのです.任期つきの教員ほど安上がりで便利な教育労働者はいないからです.

文部科学省交渉に列席された議員が昨年6月国会質問をしたとき,文部科学省は国公私立大学の非常勤講師総数は,13万3869人,そのうち専業非常勤講師は4万5067人だと公表しました.専業非常勤講師は大抵2校以上掛け持ちをしていることを考慮に入れますと,この人数の約半分が全国の専業非常勤講師の人数だと思われます.この2万2000人ほどの専業非常勤講師の実態を調査してほしいと私たちは要求し続けてきましたが,いまだになされていません.

このアンケート調査からは,バブル崩壊後の経営難,少子化による学生の定員割れなどの理由で,非常勤講師が有無をいわさず雇い止めになり,生活が困難になってきている実態が浮き彫りになってきています.30代40代の専業非常勤率が多いことは専任のポストが激減して,若い研究者の就職が困難になってきていることを表しています.研究にも教育にも一番充実しなければならない若者たちの年収が200万円にも満たないとしたら,研究どころか生活も困難になります.ノーベル賞を取った田中さんが,利益を度外視して研究の時間と研究に必要な資金を会社が出してくれたので,スタッフ皆でとれたのですと言っておられました.今の日本の最高レベルの大学でも,若い研究者たちが生活も困難な状態では,ノーベル賞を取るような研究者が出るはずもありません.教育研究には,お金と時間がかかるのです.

そして次に多いのが50代です.これは問題です.50代の非常勤講師には女性が多く,しかもこの非常勤の給与のみで必死に生活している人たちだからです.私の周りにもこのような,20年も30年も非常勤講師を続けてきたベテランたちが沢山います.保険も保障もないため国民年金・健康保険に高い保険料を毎月払っています.1コマ平均月2万5000円のこの給与しか収入源がない場合には,家賃やローンを払って生活するには,10コマ以上は必要です.しかも50代といえば体も曲がり角,おちおち病気もできません.人によっては老いた親を抱え,あるいはまだ幼い子供たちを抱え,その分も働かなければならず,20コマ近くやっている人もいます.そのような非常勤講師を長年働きすぎたから,若い安い非常勤に代えたいから,制度を変え委託会社に頼んだからと,雇い止めにしようとする大学が増えてきています.

日本の2万2000人の専業非常勤講師の中の500人にも満たない調査ではありますが,京滋地区の組合員の練りに練られた綿密なアンケート項目の調査結果からは,このような実態が明らかに浮かび上がってきます.文部科学省であれば2万2000人のこのような綿密なアンケート調査は苦もなくできるはずです.その調査の結果からは,日本の高等教育の危機的状況が浮かび上がってくるはずです.それをやろうとしないのは,日本の教育研究を国が放棄しているからであり,学生の学力低下を初等中等教育のせいにし,親のせいにしている文部科学省が無責任だからです.

前回のアンケート調査を企画し実施した組合員たちは,文部科学省,厚生労働省との交渉の折,この冊子のデータを手に大変な迫力の追及をしました.彼らは私たちの怒りを代弁してくれたと拍手を送ったこともありました.仲介してくれた議員も思わず「お怒りは分かります」と発言していました.私たちは今後もこの冊子を手に非常勤講師制度を改革するよう何度でも政府に訴えていくつもりですし,各大学との団交の折にもこれを抱えて行くつもりです.

このアンケート調査にご協力してくださり,貴重なご意見をお寄せくださった皆さんに心よりお礼申し上げます.そして今後も私たち組合にお力添えくださいますようお願いいたします.


刊行にあたって - パートタイム労働者として
阪神圏大学非常勤講師労働組合 委員長 新屋敷健

阪神圏大学非常勤講師労働組合は1999年に設立された組合で,今回『大学非常勤講師の実態と声 2003』刊行に当たって,京滋地区・首都圏の大学非常勤講師組合と合同で調査しました.既に首都圏の村山さんが,アンケート調査の結果を分析された上で一文を書いておられますので,ここでは,調査結果に補足する形で,私達の組合活動と,私自身の組合活動以外の経験等を通じて明らかになったことについて書きたいと思います.

まず,私達の組合活動の過程で明らかになったことは,大学非常勤講師の法的地位が私立大学と国公立大学とで違う,と言うことです.具体的に言うと,国立大学の非常勤講師は,法的には「国家公務員」(公立大学では「地方公務員」) であることがわかりました.このことは,S大学のアカデミックハラスメントの末の雇い止め問題について,文部科学省と話し合いの機会を今年5月に持った際に明らかになりました.問題なのは,法的地位が「公務員」なだけで,それに見合った身分保障は何もないだけでなく,労働者としての権利が剥奪されていることです.例えば「国家公務員」の労働問題に関して非常勤講師組合が関与しようとしても,人事院登録職員団体として登録されていないため,団体交渉が出来ません.それどころか,文科省に言わせると,「国家公務員」としての大学非常勤講師には,そもそも「雇い止めという概念は存在しない」との認識でした.結果的に,国立大学の非常勤講師は法的地位は「公務員」だがその実態は「労働者」以下の,谷間の存在だということになります.現在国会で審議中の大学独立法人化法案が成立すれば非常勤講師も「労働者」になれますが,来年の3月31日までは「公務員」ですから,法人化前に,任期切れという形で合法的に雇い止めができることになります.私達の組合は,上記の雇い止め問題で何人かの国会議員に陳情した際に,この点について危惧を表明し,理解・協力を求めました.その際ある議員秘書の方から,「公務員」としての法的地位を逆手にとって,人事によって著しい不利益を被った時には,国家公務員法を使って不服申し立てができることを示唆されました.上記の件に関してはこの方法も選択肢に入れて,私達の組合は活動しています.

次に,私自身の組合活動以外の経験からわかった事について書きたいと思います.私は,国連の社会権規約委員会 (経済的・社会的・文化的権利に関する委員会) に提出された日本政府の第2回報告書の,ジュネーブで2001年8月21日におこなわれた委員会審査を,日本のNGOの一員として傍聴しました.その際,パートタイム労働者問題も話題になりました.当日の委員の一人は,社会件規約第7条で定められた同一労働・同一賃金の原則について,日本政府に対しこう質問しています:「パートタイム労働者には,同じ仕事をしていても,フルタイムの労働者より不釣合いなほど低い給与しか支払われていないと思います.しかし同一労働・同一賃金は普遍的原則であって,日本の裁判所が適用すべきものなのです.」(『国際社会から見た日本の社会権 - 2001年社会件規約第2回日本報告審査』社会権規約NGOレポート連絡会議編,2002年,現代人文社,166ページ).しかし,日本政府は何もこの件に関し答弁していません.その後8月31日に,委員会から日本政府に対し総括所見が出されましたが,その中では,パートタイム労働者問題への懸念・勧告はありません.このことは,「国ごとの違いが大きく,日本国内の状況がかならずしも充分に各委員に伝わらなかった」(坂本孝夫 (自治労・全国労政連絡会),「国際水準に達していない労働権保障」,『国際社会から見た日本の社会権』,78ページ) 結果なのかもしれません.日本政府は第3回定期報告書を2006年6月末までに提出しなければなりませんから,その後再び各NGOが委員会へカウンターレポートを提出することになります.そこで私達も,パートタイム労働者としての大学非常勤講師問題をカウンターレポートとして委員会へ提出し,直接訴えればどうでしょうか.もちろん,注目されないかもしれませんが,うまくいけば日本政府報告書の審査で取り上げられ,何らかの懸念・勧告が,委員会による総括所見に入るかもしれません.もしそうなれば,日本政府への大きな外圧となるでしょう.

以上,今回の調査結果に補足させていただきました.これからも,私達阪神圏大学非常勤講師労働組合を,首都圏・京滋組合ともどもよろしくお願いします.


刊行にあたって - 非常勤問題を通じたネットワークの拡大
京滋地区私立大学非常勤講師組合 委員長 福田拓司

前号『大学非常勤講師の実態と声 2001』が世に出たとき,次回は3年や5年は先になるだろうと思っていましたが,組合内に意欲が見られ早くも第2号ができました.この度は,設問文言や記号回答法も前回の轍を踏まないよう改善され,地域は京阪神のみならず東京周辺のパートタイム型講師にもアンケートされ,回答数は前回277から今回486へと増えました.

私は,パート型講師の労組執行委員をしたのがきっかけで「芋蔓式出逢い・気付きネット」とも言うべきものを経験できました.たくさんの大学理事と会ったり,そうでなければ出逢わなかった専任教員 - 生き生きした感心させられる人もいれば所属学科の利益にとらわれているなと思える人などもいました - と話しが出来て,そこからまた偶然も手伝って,さらに別な人・団体・本・考え方などと出会えたのです.具体的に人に会って,話してみるのはやはりインパクトが違います.依存症的に授業に明け暮れていたのでは,視野のくらいところがもっと大きかったと思います.例えば,はじめの頃いろいろ調べだして,専任教員と非常勤教員とで,何億円も違う生涯収入の差にびっくりしましたが,フェミニストの人なんかは,ずっとまえからもっと広く世の中全体を眺めて,正社員・パート・女性などの賃金格差問題にしても,『資本論』の賃金本質論の直接適用なんかでは及ばない,その先のこと - ペイ・エクイティとか - を考えていたので,これまたぶったまげたわけです.

誰でもどんな組織でも,その認識や行動には,その時その時の「狭さ」があるし,間違いもする.私も我が組織もそうだ,と心から承認しておくことが,大切だと思います.そうでないと旧日本軍のインパール作戦や神風特攻隊のように,無茶が見えていても見えないことにしてしまい,柔軟な舵取りができなくなります.労働組合も,同じ職場の同様な仕事をしている仲間がなぜ差別されるんだと,怒れたのですが,自分たちが要求・追及してきたことがゆがんだ年功制にはまってしまい,過去の自分を無謬とすれば,パートの待遇に怒れなくなっています.

また,自分の思うとおりの人なんていない.家族も含めて他人をコントロールできると思うなんて全くの思い違いだ.人の心は複雑だから当然読み切れないところがあって,みんなが自分の思うような「よい方向」に変わるとか判断するのは至難であると承認することも大切だと思います.気持ちや意見の合う人が居たらめっけもんだというぐらいに覚悟しておいたらいいと思います.だから,パート講師の労組内でも,とてもいろいろな人がいますからレッテルでなく,それぞれの個性を見て下さい.今度の実態調査の自由意見記述なども読者それぞれ反発・違和感・共感を感じながら,「気付き」材料にされるでしょう.芋蔓出逢い・気付き連鎖を進んで行くと,自分 (たち) が当たり前だと思い込んでいるもの,依って立つ正当性の根拠の底が抜けているのではないかという発言にぶつかります.学生も含めてあちこちで聞いた発言を切り貼りして並べてみます.

* 新制大学基準の制定にかかわったGHQ情報教育局の担当官も4年で120単位以上の修得は無理だと説明した (と記憶している関係者がいる).しかも,情報教育局は,日本の大学の教育内容に,必ずしもいい意味でなく干渉したくて,一般教養科目必修を設定したと思われる.実際には卒業必要単位は60ぐらいで十分.

* いわゆる第二外国語を勉強していなくても,あるいは英語も勉強しなくても,素晴らしい思想の持ち主がいる.日本語による勉学でもいくらでも大切なことがあるのだから外国語の必修は止める.必修にするのなら外国語勉強法・辞書引き法概論だけでよい.だとしても - 数十人ひとクラスで従来のような授業をやるという発想しかなければ別として - 現在の語学の非常勤講師をやめさせることには繋がらないと思いますが.

* 消化するのに数百学習時間は要るような外国語授業を卒業必須にしているから,建て前は勉強するはずで実際は勉強しないという事態は不可避.「世の中,建て前と実際は違うもんだ」と学生に洗脳教育しているようなもんで,そういう世の中が若い人たちの未来を苦しめているとすれば,「学生の利益」などという錦の御旗は虚偽.

* (そういう虚偽をやっているから) 語学教師がいかに工夫・準備しても授業が本当にうまく行く可能性は無限に小さい.

* 学生の利益のためによい授業をするというけれど,親や教師にいい子になるよう=いい学校・いい就職をめざすよう潜在/顕在意識に植え付けられて,「いい子ちゃんになって高収入・高地位を得るのがいいのだ」という腹黒さをもっている奴らの幻想を守ってやっている面も随伴せざるを得ない.やっぱり大学に来てよかったんだという自己合理化に貢献してしまう.

* 大学は,人間序列化の道具にもなっているから,医師・会計士などはある基準をチェックするとして,一般には卒業証書は廃止すべきだ.大学は,一般にはとりたい授業だけとって,入りやすく出やすくするほうが,長い目で見てみんなよく勉強するようになる.

* 学生による授業評価は,学生が能率よく単位をとろうとする「ポイント集めゲーム」では,意味が薄い.そうでなければ教員の待遇を大雑把でも授業評価に相関させればいいのだけど残念だ.


実施の経過と集計の方法
京滋地区私立大学非常勤講師組合 遠藤礼子

第1回の非常勤講師実態調査アンケートは,1999年度に京滋地区私立大学非常勤講師組合が関西を中心に行い,2001年に『大学非常勤講師の実態と声2001』として報告書を刊行しました.前回の調査から3年経つということで,今度は京滋地区だけではなく,首都圏,阪神圏の非常勤講師組合の合同事業として,全国調査を行いました.

アンケート用紙は,京滋の組合が.前回の調査用紙を元にして必要なものを修正追加した原案を作成し,首都圏,阪神圏の組合と内容を検討・修正しました.配布は2002年11月から行い,3組合合計で約9000部配布しました.配布方法は,3組合それぞれが,組合員や協力者に郵送したり,大学の非常勤講師控室のメールボックス等に配布したりしました.また,ホームページやメールでも呼びかけ,メールでもアンケートに回答できるようにしました.回収は当初の締め切りを2003年1月15日としましたが,最終的には3月末到着分まで統計に入れました.回収数は483名分です.483名を多いと思うか少ないと思うかはともかく,前回の調査が277名ですから,より広範な声を集められたと思います.入力と集計は,2,3月の大学の春休みに行い,順調に進んでいたのですが,その後報告書の形にまとめるのが遅れ,今回2003年夏の刊行となりました.

アンケートへの回答は,自由記述以外は,すべて記号選択式で回答してもらうようにしました (アンケート用紙は87ページ参照).これは前回数値などを記述式にしたところ,単位が不明などの記入の間違いが多く,集計にたいへんな手間がかかったためです.したがって,平均値は,それぞれの項目の中間値を使って計算しました.例えば年収で「200万円以上250万円未満」を選択した場合「225万円」として計算しました.コマ数であれば「4〜6コマ」を選択した場合「5コマ」として計算しています.自由記述は,本人が掲載不可としたものを除いて,原則無編集でそのまま掲載しましたが,大学名や個人名はすべて伏せ字としてあります.巻末の付録には,非常勤講師関係の統計データの最新のものなどを掲載しましたが,これはすべて首都圏組合員によるものです.

集計の手間を考えると,記号選択式にすることは不可欠ですが,ひとつひとつの選択肢の設定は,細かすぎたり大まかすぎたり,あてはまる項目がなかったり,わかりにくかったりなどの問題もあり,回答者からの指摘もありました.また選択肢だけではなく設問自体がわかりにくかったり必要なかったり,あるいはこんなことも聞いたら良かったという点もありました.また,非常勤講師の分類 (専業非常勤講師,定年後型,常勤職のある人) も,一部見直しが必要と思われます.次回の調査では改善したいと思います.ご意見をお寄せください.

アンケート用紙の原稿の作成から,用紙の印刷,封筒の印刷,配布,回収,入力,集計,報告書の編集,校正,印刷,すべての段階で,組合員,非組合員にかかわらず多くの方にご協力いただきました.この場を借りてお礼申し上げます.そして,何より,アンケートに回答してくださった非常勤講師の皆様に感謝します.本当にありがとうございました.


サマリーと目次    1 回答者の構成  2 働き方  3 収入支出  4 健康保険,年金  5 雇用問題  6 全般  自由記述  付録