まずアンケート調査は専業非常勤の多く(全体の57%)が女性であることを示しています.このことは,日本のパート労働者の劣悪な待遇について男女差別的要素が強いとILOから指摘されているが,大学の研究者についても同様であることを示している.従来から女性研究者がなかなか専任に採用されないと問題になってきたが非常勤に女性が多いこととは,このことと強く結びついていると思われます.
またアンケートは専業非常勤講師の年齢や年数についても実態を明らかにしています.まず年齢別では30才代38%,40才代27%,50才代23%となっており40才以上の人が56%と,かなりの割合を占めています.非常勤講師の経験年数も10年以上が全体の44%を占めています.このことは非常勤が単に専任教員になるための過度的存在でないことを示しています.さらに担当コマ数では大学非常勤だけで収入を得ている人は平均週9.1コマ,予備校など兼職している人は平均5.1コマとなっています.週16コマ以上の人も専業非常勤のなかには10%もいます.また勤務校の数では3校以上が52%を占めており,掛け持ちで多くの大学で教えていることがわかります.この調査から言えることは大学の非常勤だけで生活しようと思えば週9コマ以上を持ち,最低3校くらい掛け持ちしないと生活できないこと,週5コマ程度では塾や予備校,専門学校でアルバイトしないと生活できない実態が明らかになっています.専任教員の担当コマ数は週6コマ程度ですので専業非常勤は専任教員より多く教えていることになります.担当科目では語学が圧倒的に多く全体の60%を占めており,ここからも日本の大学の語学教育が非常勤にいかに依存しているかがわかります.私の個人的経験からしても週10コマ以上教えるのは大変で十分な準備をして授業するのは難しいと思われます.
大学非常勤講師の不安は収入が低いだけではない.常に「雇い止め」の不安にさらされていることである.次年度の担当科目は例年,10月から12月にかけて委嘱依頼がくるのが一般的であるが,近年では大学が教育改革の一貫としてカリキュラムの再編を盛んに行っている.そのこと自身は悪いこととは言えないが,これが非常勤のことなどお構いなしに行われることが少なくない.その結果,突然に次年度から担当のコマがなくなったり削減されたりする.アンケート調査でも専業非常勤の半数近く(48%)の人が「雇い止め」の経験をしている.雇い止めの理由のは「科目がなくなった」(39%)「他の人が担当することになった」(33%)「科目は残ったがコマ数が減った」(29%)が上位にあげられている.
A大学の事例 (金額は単位100万円)
専任教員 | 非常勤講師 | その他 | 合計 | 非常勤の割合(%) | |
教員数(人) | 594 | 1106 | 14 | 1714 | 64.5 |
コマ数 | 4305 | 2575 | 113 | 6993 | 36.8 |
人件費 | 9,032 | 1,023 | 10,055 | 10.2 | |
給与に対する補助金 | 837 | 38 | 875 | 4.3 |
専任教員(1) | 非常勤講師(2) | (1)/(2) | |
1コマ当たり人件費(千円) | 2,098 | 381 | 5.5倍 |
1コマ当たり補助金(千円) | 195 | 22 | 8.9倍 |
A大学では教員数では非常勤が千人以上も採用されており,専任の2倍弱います.コマ数でも全体の4割弱を非常勤講師が担っています.しかし,人件費では非常勤講師の割合は全体の10%程度にしかすぎません.しかもこれは人件費だけで専任教員の場合は,これ以外に研究費などが別途支給されてます.これを1コマ当たり人件費(年間)で計算すると専任教員は209.8万円,非常勤講師は38.1万円になり,5.5倍の格差になります.これは非常勤がいかに安上がりになっているかを示すものです.
しかし,問題はそれだけにとどまりません.ほとんどの私立大学は私学振興事業団から補助金を受けています.この補助金は一定の計算式で大学が事業団に申請し受け取るわけですが,この中の人件費に対する補助金(経常費補助)があります.A大学の人件費に対する補助額をみると総額では専任に対しては8億円強補助されているの対し,非常勤へのそれは4千万円弱にしかすぎません.これを1コマ当たりに換算すると専任19.5万円に対し,非常勤2.2万円となり格差は8.9倍にものぼります.これは経常費補助金の計算式で,こうなるわけでA大学の責任ではありません.事業団の実質権限は文科省が握っています.文科省の計算式がそもそもおかしいのです.
このことについて非常勤講師組合では文科省交渉で,補助金の計算式のもとになる「標準単価」の引き上げを要求してきました.その結果,従来の1時間当たり単価を3400円から5100円に50%引き上げることを検討すると国会で答弁しています.もっともこの助成単価の引き上げが実際に非常勤の賃金アップにつながるかどうかは別です.非常勤の賃金を決めるのは各大学に任されているのでこれが必ずしも反映されるとは限りません.
ところで,大学の非常勤講師への均等待遇の適用について問題になるのは専任教員の賃金をどう見るかです.専任教員の給与は一般的には次の4つの労働の対価と考えられます.(1)大学の教育労働(2)研究活動に関わる労働(3)入試や教授会など大学運営の業務に関わる労働(4)教員の社会的活動に関わる労働の4つである.このなかで最も重要な労働は(1)と(2)と考えられます.非常勤講師に対する大学から求められているのはとりあえず(1)の教育労働と考えられます.しかし,より良い教育をするには(2)の研究労働なしにはできないと考えられます.それゆえ,非常勤講師は(1)については専任教員と同一価値労働とみなされます.また(2)についても部分的であれ必要あるとみなされます.実際に大学が非常勤講師を採用する際,ほとんどの大学で研究の業績審査をおこなっているからです.
問題は専任教員の給与が4つの労働について,どのくらいの割合で賃金を支払っているかです.これを明確にしないと非常勤講師の現行の給与が均等待遇指針と矛盾するとは言えません.実際,専任教員側から言わせると「非常勤は大学の雑務がなく気楽だ.」ということにもなります.非常勤組合が各大学に団体交渉などで専任教員の賃金が何に対する対価かと追求しましたが,ほとんどの大学が,その区分は不可能と答えています.確かに,賃金を教育労働や研究労働の対価として支払っていると明確にしすぎると授業アンケート結果や研究業績で教員間で賃金格差をつける問題にも関わることとなり,専任教員間の競争を激化させるという別の問題をひき起こす可能性もあります.確かに授業や研究の客観的評価は難しい問題です.しかし,各大学が専任教員に対しどの労働をもっとも重視しているかの見解はだせます.
私の個人的見解では一般的に専任教員の給与の半分以上は教育労働の対価とみるのが常識的と考えられます.もちろん,これは個々人によって違いがあります.大学の役職につけば当然,(3)の労働がかなりの比重を占めるだろうし,大学の研究所などでは(1)の相対的比重が高くなると思われます.ただ現在の一般的な大学のほとんどは学生教育に最も力を入れており,教育労働の比重が半分以下とは考えられません.このように見ると同一価値労働同一賃金の原則からみて前述のA大学のようなコマ当たり5.5倍の格差はどうみてもおかしいのです.
『実態と声』の自由記述のなかで,フルタイマーの専任教員より多く授業をもっているパートタイマーの非常勤の存在はおかしいと外国人に言われて返答に窮したとの意見がありました.多くの非常勤講師が授業を多く持ちながら賃金が圧倒的に低い日本の大学制度はおかしいのです.でも大学は変えようとしません.均等待遇指針を掲げている厚労省,文科省が直接的に監督している国立大学でさえ,それを直そうとしないのです.どうみてもおかしな国だと思います.