大学非常勤講師運動の前進を

『大学非常勤講師の実態と声 2003』

 文科省に要求しても実態調査をなかなか実施しようとしないので全国の3組合が合同で非常勤講師の実態調査アンケートを昨年末から今年初めにかけて実施し,『大学非常勤講師の実態と声 2003』という冊子にまとめました.今回の調査は1999年に京滋組合が関西地区を中心に実施したのに次いで2回目となりますが,3組合合同での全国的な調査は今回が初めてです.アンケートの回収数も前回が277名であったのが今回は483名とかなり増加しました.もちろん,全国に2万5千人以上(『実態と声』推定)いるといわれる専業非常勤の数からみると,これは2%ほどにすぎません.組合員がいない大学ではほとんどアンケート票を配布できなかったし,北海道,東北,名古屋,福岡など非常勤はいても組合がないところもほとんど配布できませんでした.首都圏と関西圏が中心で限界はありますが,このアンケート調査は現在置かれている非常勤講師の深刻な実態をある程度は反映していると思われます.

大学教育と非常勤講師の重要性

 ところでアンケートの中身に入る前に大学教育における非常勤講師の占める位置について少し紹介します.現在の大学教育は専任教員と非常勤講師が担っていますが,近年,私立大学などでは経費節減のため専任教員をあまり増やさないで教育のかなりの部分を安上がりな非常勤講師に担当させる傾向にあります.現在の大学の授業コマ数に占める非常勤の比率ですが,これを関西の大手私学の例でみてますと,A大34.3%,B大39.3%,C大36.8%,D大29.5%,E大43.3%,F大26.5%(組合調査)となっており,これら6大学の平均で約35%となっています.つまり,現在の私立大学の授業の3割以上を非常勤講師が担っていることになります.これは短大の場合もっと高くなっています.これらの非常勤講師は,他に本務校を持っていたり,弁護士,会計士,企業の研究所などに勤めている人もいますが,半数以上は専業非常勤で占められていると思われます.このように近年,各私立大学の「経費節減努力」によって非常勤講師に依存する割合が高まっており,語学教育などは非常勤なしに授業は成りたちません.現在の大学では「スーパーがパート労働なしで成り立たない」のと同様,非常勤講師なしで大学教育は成り立たなくなっています.(これは大学職員についても同様のことが言ええます.)

大学の専業非常勤講師の実態

 このように大学教育での非常勤講師の役割が大きくなっているにもかかわらず,その処遇は極めて劣悪である.アンケート調査は現在の大学の非常勤講師の実態を明らかにしている.

 まずアンケート調査は専業非常勤の多く(全体の57%)が女性であることを示しています.このことは,日本のパート労働者の劣悪な待遇について男女差別的要素が強いとILOから指摘されているが,大学の研究者についても同様であることを示している.従来から女性研究者がなかなか専任に採用されないと問題になってきたが非常勤に女性が多いこととは,このことと強く結びついていると思われます.

 またアンケートは専業非常勤講師の年齢や年数についても実態を明らかにしています.まず年齢別では30才代38%,40才代27%,50才代23%となっており40才以上の人が56%と,かなりの割合を占めています.非常勤講師の経験年数も10年以上が全体の44%を占めています.このことは非常勤が単に専任教員になるための過度的存在でないことを示しています.さらに担当コマ数では大学非常勤だけで収入を得ている人は平均週9.1コマ,予備校など兼職している人は平均5.1コマとなっています.週16コマ以上の人も専業非常勤のなかには10%もいます.また勤務校の数では3校以上が52%を占めており,掛け持ちで多くの大学で教えていることがわかります.この調査から言えることは大学の非常勤だけで生活しようと思えば週9コマ以上を持ち,最低3校くらい掛け持ちしないと生活できないこと,週5コマ程度では塾や予備校,専門学校でアルバイトしないと生活できない実態が明らかになっています.専任教員の担当コマ数は週6コマ程度ですので専業非常勤は専任教員より多く教えていることになります.担当科目では語学が圧倒的に多く全体の60%を占めており,ここからも日本の大学の語学教育が非常勤にいかに依存しているかがわかります.私の個人的経験からしても週10コマ以上教えるのは大変で十分な準備をして授業するのは難しいと思われます.

大学非常勤講師の劣悪な労働条件

 次に非常勤講師の賃金や生活についてであるが,調査では非常勤講師の1コマ当たり賃金単価のほとんどは3万円以下であることを示しています.平均では2万5千円前後です.これでは週10コマ担当しても月25万円ほどしかなく,しかも私学共済に加入できないので,国民年金13,300円と国民健康保健2万円前後,さらに地方税を差し引かれるので手取りが20万円前後しかなく,そのうえ研究費は出ないので自費で書籍等を購入しなくてはならないる.アンケート調査によれば専業非常勤の年収は300万円未満と回答した人が全体の56%となっており,この実態を反映している.(なお,この収入は大学の非常勤だけでなく,それ以外の塾,予備校,専門学校などの収入を含めてである.)

 大学非常勤講師の不安は収入が低いだけではない.常に「雇い止め」の不安にさらされていることである.次年度の担当科目は例年,10月から12月にかけて委嘱依頼がくるのが一般的であるが,近年では大学が教育改革の一貫としてカリキュラムの再編を盛んに行っている.そのこと自身は悪いこととは言えないが,これが非常勤のことなどお構いなしに行われることが少なくない.その結果,突然に次年度から担当のコマがなくなったり削減されたりする.アンケート調査でも専業非常勤の半数近く(48%)の人が「雇い止め」の経験をしている.雇い止めの理由のは「科目がなくなった」(39%)「他の人が担当することになった」(33%)「科目は残ったがコマ数が減った」(29%)が上位にあげられている.

大学経営と安上がりの非常勤講師

 このような大学の非常勤講師の劣悪な実態は,現在の大学とりわけ私立大学が非常勤講師を安上がりの道具として利用していることの反映です.近年,少子化に伴う学生数の減少に備えて各大学は危機感を強めさまざまな「経営努力」をおこなっています.しかし,大学の「経営努力」と言ってもそのほとんどは経費の大半を占める人件費をいかに削減するかです.専任教員をあまり増やさないで非常勤の割合を増やしたり,職員でもパート職員を増やす傾向にあるのは,このためです.  非常勤講師を増やすことがいかに安上がりになるか関西のA大学の事例でみてみましょう.

A大学の事例 (金額は単位100万円)
専任教員 非常勤講師 その他 合計 非常勤の割合(%)
教員数(人) 594 1106 14 1714 64.5
コマ数 4305 2575 113 6993 36.8
人件費 9,032 1,023 10,055 10.2
給与に対する補助金 837 38 8754.3
専任教員(1) 非常勤講師(2) (1)/(2)
1コマ当たり人件費(千円) 2,098 381 5.5倍
1コマ当たり補助金(千円) 195 22 8.9倍

 A大学では教員数では非常勤が千人以上も採用されており,専任の2倍弱います.コマ数でも全体の4割弱を非常勤講師が担っています.しかし,人件費では非常勤講師の割合は全体の10%程度にしかすぎません.しかもこれは人件費だけで専任教員の場合は,これ以外に研究費などが別途支給されてます.これを1コマ当たり人件費(年間)で計算すると専任教員は209.8万円,非常勤講師は38.1万円になり,5.5倍の格差になります.これは非常勤がいかに安上がりになっているかを示すものです.

 しかし,問題はそれだけにとどまりません.ほとんどの私立大学は私学振興事業団から補助金を受けています.この補助金は一定の計算式で大学が事業団に申請し受け取るわけですが,この中の人件費に対する補助金(経常費補助)があります.A大学の人件費に対する補助額をみると総額では専任に対しては8億円強補助されているの対し,非常勤へのそれは4千万円弱にしかすぎません.これを1コマ当たりに換算すると専任19.5万円に対し,非常勤2.2万円となり格差は8.9倍にものぼります.これは経常費補助金の計算式で,こうなるわけでA大学の責任ではありません.事業団の実質権限は文科省が握っています.文科省の計算式がそもそもおかしいのです.

 このことについて非常勤講師組合では文科省交渉で,補助金の計算式のもとになる「標準単価」の引き上げを要求してきました.その結果,従来の1時間当たり単価を3400円から5100円に50%引き上げることを検討すると国会で答弁しています.もっともこの助成単価の引き上げが実際に非常勤の賃金アップにつながるかどうかは別です.非常勤の賃金を決めるのは各大学に任されているのでこれが必ずしも反映されるとは限りません.

均等待遇指針を大学の非常勤講師にも

 近年,日本のパート労働者の差別的待遇が国際的にも問題となり,また裁判でも「丸子警報器事件」判決の影響もあって,厚労省もようやくパート労働者の処遇について「通常の労働者との均等を考慮して」決めるよう指針を出してきている.非常勤組合も厚労省や文科省に対し各大学に均等待遇指針を遵守するよう指導せよと要求してきました.これに対し両省とも賃金は各大学の自主性に任せるとして積極的な対応をしようとはしていません.

 ところで,大学の非常勤講師への均等待遇の適用について問題になるのは専任教員の賃金をどう見るかです.専任教員の給与は一般的には次の4つの労働の対価と考えられます.(1)大学の教育労働(2)研究活動に関わる労働(3)入試や教授会など大学運営の業務に関わる労働(4)教員の社会的活動に関わる労働の4つである.このなかで最も重要な労働は(1)と(2)と考えられます.非常勤講師に対する大学から求められているのはとりあえず(1)の教育労働と考えられます.しかし,より良い教育をするには(2)の研究労働なしにはできないと考えられます.それゆえ,非常勤講師は(1)については専任教員と同一価値労働とみなされます.また(2)についても部分的であれ必要あるとみなされます.実際に大学が非常勤講師を採用する際,ほとんどの大学で研究の業績審査をおこなっているからです.

 問題は専任教員の給与が4つの労働について,どのくらいの割合で賃金を支払っているかです.これを明確にしないと非常勤講師の現行の給与が均等待遇指針と矛盾するとは言えません.実際,専任教員側から言わせると「非常勤は大学の雑務がなく気楽だ.」ということにもなります.非常勤組合が各大学に団体交渉などで専任教員の賃金が何に対する対価かと追求しましたが,ほとんどの大学が,その区分は不可能と答えています.確かに,賃金を教育労働や研究労働の対価として支払っていると明確にしすぎると授業アンケート結果や研究業績で教員間で賃金格差をつける問題にも関わることとなり,専任教員間の競争を激化させるという別の問題をひき起こす可能性もあります.確かに授業や研究の客観的評価は難しい問題です.しかし,各大学が専任教員に対しどの労働をもっとも重視しているかの見解はだせます.

 私の個人的見解では一般的に専任教員の給与の半分以上は教育労働の対価とみるのが常識的と考えられます.もちろん,これは個々人によって違いがあります.大学の役職につけば当然,(3)の労働がかなりの比重を占めるだろうし,大学の研究所などでは(1)の相対的比重が高くなると思われます.ただ現在の一般的な大学のほとんどは学生教育に最も力を入れており,教育労働の比重が半分以下とは考えられません.このように見ると同一価値労働同一賃金の原則からみて前述のA大学のようなコマ当たり5.5倍の格差はどうみてもおかしいのです.

 『実態と声』の自由記述のなかで,フルタイマーの専任教員より多く授業をもっているパートタイマーの非常勤の存在はおかしいと外国人に言われて返答に窮したとの意見がありました.多くの非常勤講師が授業を多く持ちながら賃金が圧倒的に低い日本の大学制度はおかしいのです.でも大学は変えようとしません.均等待遇指針を掲げている厚労省,文科省が直接的に監督している国立大学でさえ,それを直そうとしないのです.どうみてもおかしな国だと思います.

大阪電気通信大学非常勤講師 江尻彰
『経済科学通信』103号 (2003年12月) より